第8回 印鑑

第8回 印鑑                                                        
                                                       -2009年1月23日
印 鑑
 ここに1本の印鑑があります。黄色い木で出来た印鑑です。今から25年前、私が弁護士を開業した時、職印を作る必要があったので、印鑑屋に行ってきました。その時、印鑑屋さんから、「印鑑には、象牙、水牛、つげの木の三種類が、象牙が一番高く、その次が水牛、一番安いのがつげの木だ。」と言われました。弁護士になったばかりで、お金がまったくなかったので、つげの木の印鑑を2本作りました。1本は私用、もう1本は事務員用としました。今、目の前にある印鑑は、その時作ったつげの木の印鑑です。

 あれから、かれこれ25年の歳月が過ぎました。それまで、自分できちんと金を稼いだこともなく、自分の名前で仕事をしたこともない身分だった私が、弁護士という資格を持ち、これから自分の名前と責任において仕事をしていかないといけないという思いを新たにしたのが、この印鑑を手にした時でした。「弁護士としてやっていくんだ。誰も頼ることはできないのだ。弁護士として大成したい。」という大志を抱いて手にした印鑑でした。
 印鑑に自分の名前を刻み込む場合、ましてや、それが資格とあいまった印鑑である場合には、そのような強い思い入れがあるのではないでしょうか。新たに自分の会社を起こし、これから事業を始める際にも、そのような思い入れを持って印鑑を手にしているのではないかと思います。

 昨年末から派遣労働者の大量派遣切りが社会問題化されており、今年の不況は益々深刻化することが予想されております。当然、労働者だけでなく、企業の倒産も非常に増加することが懸念されています。会社の破産申立をする際、我々は何気なく会社の経営者に対し、「会社の印鑑を持ってきて預けて下さい。これは、管財人に引き継ぎます。」と言いますが、その印鑑の一本一本には、会社を作った人の魂が入っているのだということを忘れてはならないと思うのです。自分の作った会社を倒産させる際の無念さに思いを至さなればなりません。

 そのような思いを呑み込みながら弁護士として業務を遂行していかなければならないのです。