第184回  「男とは?女とは?」

皆さんは、男性か女性かをどうやって区別するでしょうか?
大概の方が、生物学的な見地から区別するのではないでしょうか。要するに、男性器があるのが男性、それがないのが女性という区別をするのではないでしょうか。
しかし、生物学的には男性でも心は女性という「性同一性障害」(※①)の方がいます(逆もあり)。このような方が、戸籍上の性別を変えるには、①18歳以上であること、②婚姻していないこと、③未成年の子がいないこと、④生殖機能がないこと(生殖能力要件)、⑤変更後の性の性器部分に似た外観をもっていること(外観要件)、などが必要です(「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」第3条)。
このうち、生殖機能をなくすという④の要件を満たすためには、普通、手術が必要です。この点に関し、昨年10月の最高裁大法廷判決は、卵巣や精巣の除去といった生殖機能をなくす手術が必要となる生殖要件は、「強度の身体的侵襲の手術か、性別変更を断念するかの二者択一を迫るもの」として憲法第13条の幸福追求権を害するとしました。これにて、生殖不能にするための手術を求める④の要件は、違憲・無効となりました。よって、仮に男性としての生殖能力があったとしても、性同一性障害者であれば、男性から女性へと性別を変えることができる可能性が出てきたのです。
それでは、⑤の要件、「変更後の性の性器部分に似た外観を持っていること」はどうでしょう。
この点につき、最高裁は判断せず、高裁に差し戻しました。この「外観要件」については、仲々、判断に苦しむところです。ほぼ100%の人が手術で卵巣、精巣を摘出しなければならない「生殖要件」と異なり、生まれつき変更後の性の性器部分と似た外観を持っている人もいるでしょう。こういう人にとっては、特に何ということもないでしょう。しかし、大半の人がそのような外観の性器を持っているとは思えません。ほとんどの人が手術をしなければ、変更後の性の性器の外観を創り出すことができません。そうすると、やはり身体に対する侵襲を避けて通れないということで、憲法第13条違反と判断されるのではないかと思われます。
そうすると、どうなるか。
「性同一性障害」と診断されれば、男性としての生殖能力があり、男性器がある人も「女性」となります。その逆もあります。
これが進んで行くと、男性と女性の区別はその人の内心の状態で判断されることになってしまいます。国民に幸福追求権(憲法第13条)があるのは当然ですが、個人の内心の状態で男性か女性かが決まる社会になっていいのでしょうか。性同一性障害の人には申し訳ないですが、私は反対です。「外観要件」についても憲法違反という判決が出される前に、憲法違反とならないような基準を作り上げるべきだと考えます。
内心だけで男女が区別される社会、そんな社会が来るのでしょうか。

※①「性同一性障害」・・・出生時に割り当てられた性別とは異なる性の自己意識を持ち、自らの身体的性別に持続的な違和感を覚える状態。男性なのに、「本当は女として生きるべきだ。」、女性なのに「自分は男として生きるのがふさわしい。」と確信する。