第94回   財産権の保障と震災

第94回   財産権の保障と震災
                                                          - 2016年6月3日

財産権の保障と震災
 熊本地震で命を落とされた方、並びに被害を蒙られた方に改めて心からお悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。
 さて、今回の熊本及び大分で発生した地震では多くの方々が亡くなると同時に多くの財産的損失が発生したと思います。家屋は勿論のこと、自家用自動車の損壊、家屋内に存在していた様々な財産的価値のある家財道具、財産的価値は無くても家族にとって心のより所となる様々な物、思い出の品等々、多くの物が流出し、あるいは損壊し、大変な被害に遭われたものと思います。それら損壊した家屋の瓦礫や、流出してお釈迦になった車などが至る所にあり、さらには地震によって傾いて強度が保たれておらず、次の余震で崩壊するかもしれない建物等々いろんな危険が存在しております。その危険を発生させる原因が家屋・車等々の個人の財産です。
 ところで、憲法29条は次のように規定しています。「①財産権は、これを侵してはならない。②財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。③私有財産は、正当な補償の下にこれを公共のために用ひることができる。」即ち、個人の財産権は、憲法上、「これを侵してはならない」権利として認められているのです。いくら国家権力であるからといって、傾いた個人の家を勝手に「危険だ。」と言って取り壊すことは原則としてできません(「原則としてできない。」というのは例外があるからです。即ち、それが民法上の正当防衛及び緊急避難に該当する時は違法性が阻却され民法上の損害賠償義務を負うことはありません。
 ただ、この民法上の正当防衛及び緊急避難の要件は厳しいのに加え、おそらく行政機関の立場とすれば、後から家屋の所有者から損害賠償請求されるのを嫌がるため積極的に取り壊しなどはしないものと思われます。)このように、地震など国家の緊急事態が発生した場合に個人の財産権をどのようにするかということは憲法上の制約があるため非常に難しい問題となっております。憲法上個人の財産権が保障されている以上、憲法よりも下位規範である法律でこれを制限することはできません。
 したがって、このような場合にこそ、憲法で、国家緊急事態が発生した場合にその処理をどうするかということを定めておかなければならないのです。一定の要件の下に政府が認定した場合は個人の財産権は制約されることを憲法上に明記しておく必要があります。したがって、憲法を改正した上で国家緊急事態条項を憲法の中に明記する必要があるのです。
 「憲法改正」というと、直ぐに戦争法案に結びつける意見がありますが、決してそうではありません。やはり、戦後70年経ち、今の憲法に様々な不具合が生じてきている以上、これを現実に運用しやすい憲法に替えることは国民の利益にこそなれ、決して不利にはなりません。むしろ、国民主権という考え方からすれば、きちんと国民の意思に沿う形で憲法改正することの方が重要だと思うのであります。

注・・民法720条(正当防衛及び緊急避難)
1 他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するためやむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。但し、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償を妨げない。
2 前項の規定は他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。