第116回   司法取引

第116回   司法取引
- 2018年5月25日

司法取引
6月1日から、共犯者の犯罪を明かす見返りに自分の刑事処分を軽くしてもらう「司法取引」制度が導入されます。正式名称は「協議・合意制度」。検察官と被疑者・被告人(弁護人)が合意すると、「合意内容書面」が作成され、取引が成立します。英・米などでは早くからこの制度が導入されています。ロッキード事件の時、同社元副会長ら(コーチャン、クラッター両氏)の嘱託尋問の際、検察官は日本で刑事訴追しないことを認め、田中角栄元首相への贈賄の証言を得ました(注①)。これを、正式に制度化するということです。
捜査機関側は組織犯罪や政財界の汚職などの摘発につながるとして、概して好意的に受け入れています。他方、自分の罪を軽くするために他人に罪を着せる「巻き込み」の危険性も指摘されています。「司法の廉潔性」(注②)に反するという批判も、昔から為されています。
この制度、分かりやすく言うと、「仲間を売って、自分だけは助かろう。」という行為を奨励するものです。「犯罪者仲間だから、裏切ったとしても別にどうってことないだろう。」と考える方も沢山いらっしゃると思います。しかし、仮に犯罪者仲間とはいえ、一緒の目的に向かって協力してきた人間を自分が助かりたいが為に裏切ることは人間としてはどうなのでしょうか。「道徳」や「倫理」という、「法律」とは別の観点から見た場合、決して褒められることではないと思いますが・・・。
実は捜査の現場においては既に司法取引はなされていました。今から20年以上前のことです。ある選挙違反事件で、共謀したとして数名が一斉に逮捕されましたが、同じ現場に居たにもかかわらず、一名だけ逮捕されずに任意の事情聴取だけで済みました。その人は起訴もされませんでした。不思議に思っていましたが、後で聞いたところによると、その人が捜査側に情報を提供する代わりに、その人は刑事処分の対象から外すという裏の取引があったとのことです。他方、逮捕された数名は最後まで共謀の事実を認めなかったので、相当長期間にわたり身柄拘束されました。
この制度が実施されれば、確かに犯罪の捜査はしやすくなるでしょう。犯罪も減少するかも知れません。しかし、小学生が、「先生、○○君、昨日帰りがけに買い食いをしていました。」などと密告するような社会は決して来て欲しくはありません。
昨年12月に発覚したリニア中央新幹線建設工事談合事件で、ゼネコン大手4社のうち2社(大林組、清水建設)が自己申告し、その担当者は不起訴になるのに対し、自己申告しなかった2社(大成建設、鹿島建設)の担当者は逮捕・起訴され、保釈も認められていません。加えて、談合やカルテルについて、違反内容を自主的に公正取引委員会に申告すれば、課徴金が減免されるという制度(「リーニエンシー」制度)も作られています。
このように、国はあの手この手で自主申告(密告)を誘っているのですが、「人として」この制度が気にくわないと思っている私は古い人間なのでしょうか?

注①・・・最高裁は、その後、日本の刑事訴訟法上、刑事免責制度は採用されていないので、
刑事免責を付与して得られた供述調書については証拠能力は認められないと判断した。
注②・・・「司法」というものは、私欲・やましさとは相容れず、少しの濁り・汚れもあってはならない
とする思想。