第113回   和解

第113回   和解
- 2018年3月2日

和解
平昌冬季オリンピックが終了いたしました。蓋を開ければ日本勢は大活躍で、数多くのメダルを獲得しました(金が4個、銀が5個、銅が4個)。まず、選手各位、及び彼らを指導し支えた各関係者に心から敬意を表したいと思います。それにしても、女子フィギュアで金・銀となったロシアのザギトワ(15歳)とメドベージェワ(18歳)の美しさに息を飲んだのは私だけではないでしょう(決して、「20年後はどうなっているか分からん。」などとは言わないで下さい。)。
さて、弁護士の仕事をやっていると色々な点で限界を感じることがあります。例えば和解。一般の人はよく分からないかもしれませんが、訴訟を提起し、裁判所で審理をした後に、裁判所から「和解」の勧試があることが多いのです。いわゆる話し合いによって妥協点を探り、適当な点で落ち着かせるというものです。勿論、和解に乗るか乗らないかは自由です。しかし、仮に判決で負ければ更に争いが継続しますし、高等裁判所に控訴などをすれば依頼者に対してさらなる時間的・経済的負担をかけることにもなりかねません。依頼者が訴えられた立場の場合であれば、判決で負けて財産を差押えられるという恐れもあります。我々弁護士としては背後に依頼者を抱えている以上、依頼者の利益を度外視して自分の思いだけで突き進むわけにはいきません。依頼者の方が和解に拒絶的な反応を示すのであれば、その意向に従わざるを得ませんが、そこは依頼者の方と様々な観点から検討し、和解を受諾するのか、それとも判決まで突き進んでいくのか、難しい判断を迫られる場面です。弁護士が依頼者を抱えての仕事である以上、当然といえば当然です。
相当以前の話ですが、ある事件で、証人尋問なども終わり、ほぼ事件が終結に近づいた時、突如、担当裁判官から私の方に電話がありました。「古庄先生、あの事件、そろそろ終わりですが、今まで一度も和解の勧試をしていませんでした。判決になれば、恐らく古庄先生の方が勝つでしょうが、これまで一度も和解の話し合いをしていないので、和解のテーブルについてくれませんか。」とのことでした。そこで、私は依頼者を呼び、裁判官から今のような電話があったけど、和解のテーブルに着きますかどうしますかという話し合いをしたところ、「判決で勝てるのであれば和解をする必要はない。」という結論になり、和解のテーブルに着くことを拒否しました。その後、判決が出され、私の方が負けていました。依頼者の方々が頭に来たのは勿論ですが、これにより、私と依頼者の方との信頼関係も壊れてしまいました。少なくとも判決を書く前の段階で、裁判官が、「判決になればそちらが勝つでしょうが・・・」などということは言うべきではなかったと思います。和解勧試前、その裁判官にこちら側を勝たせる意思が本当にあったのであれば、結果的にこちらを負かせたのは、和解を蹴ったことに対する報復と言わなければなりません。このような裁判官がいるというのも現実です。
私たち弁護士はその背後に依頼者を抱えています。依頼者の利益のためにはどうするのが最も妥当なのかを常に模索しながら訴訟手続の進行をしていかなければなりません。依頼者にとっては、「面白くない。」「納得いかない。」と感じることもあるかもしれませんが、結果的に負け判決をもらえば、更に時間的・精神的・経済的負担がご本人に重くのしかかってきます。苦渋の選択として和解することもしばしばあるのです。
もしも裁判で和解の話が出て来た時は、担当の弁護士と十分に協議して、最も妥当な方法を選択してもらいたいと思います。