第92回 握手
- 2016年4月8日
握手
昭和60年に弁護士になって既に30年以上経ちますが、その間、弁護士として依頼者あるいは関係者の方々と握手をしたことは数えるぐらいしかありませんでした。各種イベントや大会や事務所行事などで握手することはありましたが、それもわずかな機会だけでした。今般、私は、ある事情からほぼ毎日のようにいろいろな人々にお会いさせていただき、私という人間を知ってもらうためにご挨拶をさせていただいております。そのとき、単に名刺をお渡しするだけではなく、必ず行っているのは「握手」という行為です。
初対面の人に自己紹介をして名刺をお渡ししても相手の方はかなり硬い表情のままです。ところが、「握手して下さい。」と言って両手を差し出すと、相手の方は必ず握手に応じてくれます。そして、ほとんどの方が必ずと言っていいほど、それまで緊張していた顔がにこやかな笑顔に変わるのです。その際、相手の方は、「手が汚れていてすみません。」「手が冷たくてすみません。」「手袋をしたままですみません。」「あんた手が冷てえな。」「あんた手が暖かいな。」などなど様々な反応を示されますが、一様に表情を崩し笑顔になるのです。それは一体何故なのでしょうか。
人と人とが会う場合、体と体が触れなければ、その二人の間には、単なる空気だけではなく、目には見えない一枚の板があると思えるのです。したがって、最初に会った人間に対しては、「この人間は何歳くらいであろう、どんな人間であろう、いい奴か悪い奴か、信用できるのか信用できないのか」などなど様々な思いが当事者の脳裏を駆けめぐるのではないでしょうか。いわゆる疑心暗鬼という精神状況になると思うのです。ところが手と手を握り合い、相手の体温を直接感じることにより、間にあったバリアが解かれ、相手の手のぬくもり(手に通っている血のぬくもり)が直接自分に伝わってくることから相手に対する緊張感が溶け、それが表情として笑顔に変わっていくのではないかと思うのです。しかも握手は片手でするのはダメです。絶対に相手の両手を包み込むようにしなければなりません。それによって相手の手を優しく包み込んで自分の体のぬくもりを相手に伝え、相手の体のぬくもりを自分の体に伝えることが可能になるのです。
今まで握手などほとんどしたことのなかった私が、多いときで1日に数百人の人と握手をすることもありますが、人の手の表情は千差万別です。硬い手、冷たい手、小さい手、大きい手、いろんな手がありますが、ひとつ言えることは、どんな手もぬくもりを持っており、やわらかさを持っているということです。人間と人間が争うことが多い今日この頃ですが、まず争う前に嘘でもいいから相手と握手してみたらどうでしょう。それによって双方の心のバリアが溶け、意外と争いにならず、円満に平和裡に解決することが可能となるのではないでしょうか。争いに関与してそれを解決することを生業とする弁護士である私がこのようなことを言うことは自分の首を絞めるようなものなので弁護士会からお叱りを受けそうです。しかし、やはり、手と手のぬくもりをまず第一義に考えることが日本人としての良さではないかと思う次第であります。