第52回 「 詐話師 」
- 2012年11月2日
詐話師
山中伸弥京都大学教授がiPS細胞の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞したことはまさに日本人として誇るべき快挙でした。ところが、それと時期を同じくして、ハーバード大学客員講師を名乗る森口尚史という人がiPS細胞を使った世界初の治療を6人に行ったと主張し、読売新聞を始めとする大新聞が大々的に報道をいたしました。しかし、その後、森口氏はこれが嘘であることを認めるに至りました(但し、1例についてはまだやったと言い張っているようですが・・・)。
このような作り話をあたかも本当の如く述べる人間のことを詐話師と言います。以前、吉田清治なる人物が「私の戦争犯罪」という本で、自分が日本軍に所属していたときに韓国の済州島で従軍慰安婦狩りをやったと書き、それが従軍慰安婦の問題に火をつけることになりました。しかしながら、済州島を調べたところ、そのような事実はまったく無く、しかも、後日、吉田なる人物は自分の作り話であることを認めるに至ったわけです。
このように、世の中には作り話をして世間の注目を浴びたがっている人間がおります。ただ、問題は、今回、天下の読売新聞をはじめとする大新聞がどうしてその嘘を見抜けず大誤報を打ったのかということでしょう。やはり、iPS細胞で山中教授がノーベル賞をもらったところに降って湧いたような話が来て、話題性が大きいということに加え、スクープを打ちたいという記者特有の功名心がそのニュースソースの信憑性を判断する目を曇らせたのではないでしょうか。特に、森口氏が医師免許を持っていたかどうか、ハーバード大学に在籍していたかどうかなどは容易に裏が取れるはずです。スクープに目がくらみ、この初歩的な確認作業を怠ったと言われても仕方ないでしょう。
翻って、我々が仕事をする場合においても、このことは妥当する場合があります。以前、私の事務所に10億円を超える手形が持ち込まれ、手形の裏書人らに対する手形訴訟の依頼を受けたことがあります。冷静に判断したつもりでしたが、やはり我々も、その金額の大きさにどこかつられていたのかもしれません。裏書人らに対して裁判を起こしたところ、相手方の代理人らから、ことごとく、「この裏書は偽造されたものである。」という抗弁が出されました。そこで、我々の方で手形を持ち込んだ人間の筆跡と裏書人の名前の筆跡が同一人物のものかどうかを私的に鑑定してもらったところ、同一人物らしいということになり、偽造手形であると裁判所に判断され、負けてしまいました。やはり、金額の大きさに目がくらんで、冷静な判断ができなくなっていたと言えるでしょう。
商売をする場合でも、取引金額、請負金額の大きさに目がくらんでしまい、冷静な判断ができなくなれば手痛いしっぺ返しを食らうということになります。金額が大きくなればなるほど、それが裏目に出たときの損害は大きくなります。会社の経営を危うくすることにもなりかねません。常に冷静沈着に判断する目を養っていかなければ、家族や従業員らを路頭に迷わせることになってしまうのです。