第196回  「公益通報」

ある県では入札日の前日になると、あるゼネコンの社長が紙袋を下げて知事室を訪れます。そのゼネコンの社長、帰る時には紙袋を持っていません。翌日の入札では、いつもそのゼネコンが落札率99%以上で落札します。それを2年間に亘って見ている知事室の秘書課長、「知事室の中で賄賂が収受され、知事がゼネコン社長に入札価格を教えているに違いない。」「これを見過ごすと、県民の税金が無駄に垂れ流される。何とかしなければ。」と思いました。
先ず、家に帰って奥さんに相談しました。すると、奥さんから、「あなた、通報するなどという馬鹿なことは止めて。まだ家のローンもあるし、子どもも小さいのに、貴方が解雇や配転させられたらどうするの。見て見ぬふりをしておいて。」と言われました。
しかし、秘書課長、正義感の強い人であったため、「やはり、不正を暴かなければならない。」と考え、知り合いの弁護士に、「警察に告訴したらどうか。」と相談しました。すると、弁護士の回答は、「客観的な物証がないと、警察は動かないから、無理。」と軽くあしらわれました。
それでも、この秘書課長、不正は許せないと考え、県庁内にある「公益通報(窓口)」に県知事の不正を告げました。
その結果、秘書課長が通報したことが県庁内にバレ、秘書課長は離島の出張所に配置転換となり、収入は激減し、妻子とはうまく行かず、離婚し、ついに自死してしまいました。

以上は、すべて私が考えた架空のストーリーです。
先般、公益通報者保護法の改正が認められ、公益通報者が保護されやすくなったと言われています。確かに、公益通報したことを理由として、解雇や不利益取扱いをしてはならないと、とされています。しかし、公益通報の対象は、上記ストーリーの場合、「県知事の犯罪」です。「犯罪」に該当しなければ通報の対象とならず、通報者は保護されません。密室における県知事の行為が犯罪であることを証明することは至難の業です。証明できない限り、「秘書課長は成績不良につき、解雇あるいは降格・配転に処する。」と言われても、これに抗うことは困難です。仮に、数年後にそのゼネコンの社長と県知事が仲違いをして、これまでの贈収賄や入札妨害の事実を社長が全部ぶちまけて県知事が逮捕されたとしても、秘書課長の生命、名誉、家族、財産は戻らないのです。
公益通報者保護法では、犯罪であると「思料」して通報した場合には不利益取扱をしてはならない、とされていますが、解雇無効の裁判や配転無効の裁判で勝訴しなければ意味がありません。そして、仮に勝訴したとしても、再び職場に戻ってくることは、おそらく不可能です。せいぜい、いくらかの損害賠償金を手に入れて終了です。
したがって、公益通報者保護法では通報者を完璧に守ることはできません。
精密機械メーカー・オリンパスの元社員・浜田正晴さん、2007年に会社の不正を内部通報したところ、内部通報室長から上司に漏らされ、配転・減給。会社相手の訴訟で8年を要し、勝訴したものの、当然、オリンパスにおける居場所はなくなりました。浜田さん曰く、「配転で精神的ダメージを与え、自主退職に追い込むのが、(使用者側の)報復の常套手段。日本では、人事異動に関して企業の裁量権が幅広く認められている。そのため、配転という名の報復が野放しになっている。違法な配転をした企業や担当者を罰することができないような法律は無意味で、法の改正ではなく改悪そのもの。」とのこと。
やはり、県知事の犯罪を暴くことは、公益通報では無理なのでしょうか