第162回  境目(さかいめ)

長年弁護士として紛争ごとに関与して来ました。一般の人々よりも数多くの紛争に関与してきたでしょう。
そんな経験の中から、いかなる時に紛争が生じやすいかをつらつら考えてみるに、「境目(さかいめ)」にこれが生じやすいということに気がつきました。
先ず分かりやすいのが土地と土地との境界争いです。大きいところでは国と国との境界争いです。中国・尖閣諸島問題然り。北方領土問題然り。中国・モンゴル問題然り。韓国・北朝鮮問題(38度線)然りです。何となく力によるそれなりの決着が図られていますが、完全に解決したわけではありません。これから先どんな火ダネにより再燃するかわかりません。
小さいところでは、隣同志の家と家との境界争いがあります。弁護士を悩ませる最も多い紛争がこれです。弁護士なりたての頃、先輩弁護士からよく境界争いの事件を回されていました。手間暇がかかる割には実入りが少ないので弁護士から敬遠される事件です。しかし、新米の弁護士にとっては貴重な収入源でした。
いわゆる「民事事件」と「刑事事件」の境目も紛争が生じやすい一場面です。例えば、100万円がAさんからBさんに渡されものの、Bさんがこれを返還しません。Aさんは、「詐欺された。」と言って警察に告訴します。これが詐欺なら刑法犯(刑事事件)となり「10年以下の懲役」となります。しかし、Bさんは「借りたけど、返せないだけだ。」と主張します。借りただけなら民事問題にしかならず、Bさんが刑務所に行くことはありません。このような争いを回避するためには、やはり100万円を動かす時点で、移動の趣旨が明らかとなるようなきちんとした書類を作成しておくべきでした。(但し、「借用書」があるからと言って、Bさんが決して詐欺にならないという保障はありませんが・・・)
時代の移行期も境目と言えるでしょう。江戸(徳川)時代から明治時代に代わる時、西南戦争がありましたし、時代が新しくなる時は必ずと言っていいほど紛争が発生していました。逆に言えば、紛争が発生すると時代が代わると言えるかも知れません。その観点から見るに、今回のロシア・ウクライナ戦争は時代の転換期なのかも知れません。
ジェンダーの問題も大きな意味では境目の問題と言っていいかもしれません。とは、生物学的な性別に対して、社会的・文化的に作られる性別のことを言い、世の中の男性と女性の役割の違いによって生まれる性別のことです。この頃のテレビには生物学的には男性でありながら女性の格好をしたり女性の言葉を使ったりする芸能人も沢山出ています。果たして彼らは男性なのでしょうか?女性なのでしょうか?法律を変えれば「女性」と戸籍上表記されることも可能ですが、そもそも戸籍上、男か女かを表記する必要もなくなるかも知れません。そうなると、そこでさまざまな紛争が生じて来るでしょう。まず、「生物学上同性の者同志が法律上の婚姻(結婚)をすることが可能か?」「その場合、氏(名字)はどうするのか?」など、新しい分野での紛争が発生することでしょう。この他、さまざまな境目の部分で紛争が発生していることがあります。中小企業の承継問題、選挙地盤の承継問題なども境目と言えば境目です。
境目は、①物質的なもの、②時間的なもの、③思想的なものなど、さまざまな分野で発生します。平和裡に移行できればいいのですが、そんなに単純には行きません。常に紛争の火ダネを抱えていると言っていいでしょう。境目がある以上、人間の世界から紛争はなくならないのでしょうか。