第101回 同時履行の抗弁 - 2017年2月3日
同時履行の抗弁
民法533条(本文)は、「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。」と規定しています。「同時履行の抗弁権」と言われるものです。典型的な売買契約の場合、売主の目的物引渡義務と買主の代金支払義務とは同時履行の関係に立つので、売主はお金をもらうのと引換えでなければ目的物を引渡す義務はありませんし、買主は目的物をもらわなければお金を支払う義務はありません。契約当事者間の「公平」という観点から認められた法制度です。万が一、一方に先に履行させた場合、相手方が約束を守らなかったときに約束を守らせるために大変な労力が発生します。それを防ぐために認められているのです。我々が示談をする場合もこの考え方を取り入れています。例えば、A男がB女にわいせつな行為をしたため、B女がA男を告訴したとき、A男から示談交渉を頼まれて、B女に対し一定の損害賠償金を支払うのと引換えに告訴を取下げてもらうという合意をする場合があります。このとき、能力のあまりない弁護士は、「①A男はB女に謝罪する。②A男はB女に被害弁償金として50万円を支払う。③B女は既に行っている刑事告訴を取り下げる。」程度の示談を締結します。しかし、仮にB女が、お金をもらったけれど告訴を取下げなかった場合、A男が刑事裁判にかけられる可能性は消えないのです。これに対し、気の利いた弁護士であれば、示談書に「④B女は告訴の取下書をA男に手交し、告訴の取下げ手続をA男に委託する。」と追加して記載するか、あるいはB女と一緒に警察に出向いて告訴の取下げを見届けから示談金を支払うことにします。そうしなければ、万が一、約束違反が発生した場合に面倒なことになるからです。
さて、日本政府は平成27年12月、いわゆる慰安婦問題に関し、韓国との間で次のような合意をしました。「①韓国が元慰安婦支援の財団を設け、日本が10億円を拠出する。②安部首相がお詫びを表明する。③問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認する。④韓国は、ソウルの日本大使館前に設置された少女像が適切に解決されるよう努力する。」この合意に従い、日本政府は韓国に10億円を既に拠出し、さらに安部首相もお詫びを表明しています。しかしながら、少女像はどうでしょうか。未だに1体も撤去されていません。のみならず、昨年の12月31日、釜山の日本領事館前の公道に新たな少女像が設置されました。一説によると、少女像は韓国内で30体以上、世界中では50体以上が設置されているといわれています。確かに、10億円のお金の支払いを受けながら約束を守らない韓国に対する評価は下がるかも知れません。しかし、少女像がまったく撤去されずこれからも増え続けていくということになれば、日本の国際的評価は更におとしめられていってしまうのではないでしょうか。しかも、我々国民の税金から支払われた10億円がドブに捨てられたのと同じようになってしまうことに憤りを覚えざるを得ません。日韓合意をするときに、どうして「同時履行の抗弁」的な考え方を入れなかったのでしょうか。少女像はほとんどが公の場所に建っているわけですから、公権力を発動することによって撤去することは可能だったと思います。少なくとも、「公道上に設置されている少女像をすべて撤去するのと引換えに10億円を拠出する」という合意にどうしてしなかったのでしょうか。合意を担当した政府の役人の中に有能な法律家はいなかったのでしょうか。残念でなりません。