第179回  「全責任」とは?

東京電力は8月24日、福島第一原発の処理水の海洋放出を始めました。それ
に先立ち、政府と東京電力は国際原子力機関(IAEA)の協力を得て安全であ
ることを実証しましたが、これに対する反応は様々です。
多くの漁業関係者は、風評被害を懸念し反対姿勢を崩していませんが、いわば
あきらめに近い心境のようです。
中国は、「処理水」を「汚染水」であると喧伝し、早速、日本の水産物輸入を
全面的に停止しました。これにより、日本の水産業に大きな被害が発生すること
は明らかです。また、日本製品の不買運動や訪日観光客のキャンセル続出など、
日本の各所に与える影響は図り知れないものとなっています。
科学的なことは良く分かりませんが、IAEAが太鼓判を押すのですから、処
理水の安全性はおそらく問題ないのでしょう。そして、日本のエネルギー事情や
カーボン・ニュートラルの実現目標を考えれば、原発が一定程度必要だというこ
とも理解できます。そのうえで、今回の海洋放出も苦渋の選択だったと思います

しかし、その際、岸田文夫総理が発した「全責任を持って対応する。」との言
葉は理解困難です。「全責任」とは一体どんな責任なのでしょうか。聞こえはい
いのですが、その内実はまったく分かりません。
①先ず、責任を負う「相手方」は一体、誰でしょうか。
漁業者でしょうか。仮にそうだとすると、その範囲はどこまででしょうか。福
島県だけでなく大分県の漁業者も入るのでしょうか。
漁業者以外の観光事業者などはどうでしょうか。
日本人だけでしょうか、外国人も含むのでしょうか。などなど。
②「どういう」責任でしょうか。
金銭補償でしょうか。新たな販路の開拓・援助でしょうか。風評被害の防止で
しょうか。などなど。
③国に対応してもらう場合、請求の「方法」はどうすればいいのでしょうか。
単に被害の内容を主張するだけでいいのでしょうか、具体的な証明まで必要な
のでしょうか。国家賠償請求訴訟を提起して、勝訴することまで必要なのでしょ
うか。などなど。
要するに、「全責任を持って対応する」というのは、聞こえはいいけれども、
いわゆる「言語明瞭・意味不明」の類いと言わざるを得ません。被害を蒙った人
が国に対して責任追及をするには、おそらく、①先ず、自分の損害額をはじき出
し、②それが、今回の処理水放出のせいであること(因果関係)を証明し、③国
に落ち度があったこと、を立証しなければならないでしょう。最後まで行き着く
には大変な労力・気力を要し、事実上、不可能です。
このように、「全責任をもって対応する」などという勇ましく耳ざわりの良い
言葉と現実は大きく違います。その違いが分かったとき、被害者の「裏切られ感
」はますます大きくなるのです。確かに、政府は対策費として1007億円を組
んだみたいですが、これで「全損害」の回復が図れるとは思えません。
総理大臣の言葉は極めて重いので、岸田総理には「全責任をもって対応する」
との言辞を、関係者を納得させるためだけの甘言にとどめず、実効性のある法的
なものとして、約束を守って欲しいところです。それが信頼回復への一歩となる
でしょう。