第141回  すごい! しかし・・・

すごい! しかし・・・
先日、ある被上告事件(1審、2審で勝ち、相手から最高裁へ上告されていた事件)の判決が最高裁から送られて来ました。(ちなみに、最高裁は、高裁判決をひっくり返す場合にだけ法廷を開くけど、それ以外の場合に法廷を開くことはなく、書面にて判決を送るのを慣例としています。)送られて来た判決文に目を通していたところ、5人の裁判官のうちの1人が私の大学時代の同級生の女性であることに気が付きました。成績優秀につき、私よりも先に司法試験に合格し、東京の最大手の渉外弁護士事務所に就職したことまでは風のたよりで聞いていました。私のクラスメートの元カノであったので、多少の興味はありました。その後、アメリカのハーバード大学に行ったそうですが、それ以降のことは知りませんでした。すると、数年前に消費者庁の長官になり、1年ほど前に最高裁の裁判官になっていました。
すごい!
最高裁といえば、裁判官が15人しかおらず、司法界(法曹界)の最高峰と言われているところです。その考え方(判例)が日本の争い事の解決の指針となり、判例変更のない限り、何十年にも亘って継承されます。それがそのまま法律となることもあります。裁判官、検察官、弁護士、学者、その他の職種の人々から15人が選ばれ、70歳で退職するまで身分は保障されているのです。しかも、憲法79条にも規定が置かれているうえ、国民審査に付されることもご存知のとおりです。
しかし、同級生が最高裁判事になったと知っても、「羨ましい!」とは感じませんでした。
何故か?
彼女は最高裁判事という「権威」・「名誉」・「地位」を取得したのと引き換えに、「自由」を失ったからです。日本中の上告事件はすべて最高裁に集まって来ます。記録だけでも膨大です。これらの事件の膨大な記録に目を通して判決を書かなければなりません。中には、大分県の県教委汚職事件のように何年にも亘って審理を繰り返している事件もあります。むしろ、このような事件の方が多く、本当に大変です。昔、ある最高裁判事が、「自分の時間がまったくない!」と嘆いていましたが、その通りだと思います。ひたすら、記録を読んで判決を書く。その繰り返しの日々。「すごい!」とは思っても、「羨ましい。」と思わなかったのは、「自由」の方が崇高であると私が考えているからでしょう。
その意味で、自由を奪われる逮捕・拘留は、いかにつらく厳しいものでしょうか。「罪証隠滅のおそれがある。」という理由で河井議員夫妻の保釈(※①)請求が却下されました。起訴事件を否認しているので、裁判官は却下したものと思います。河井代議士は約100人に現金を配ったこと自体を否認しているため、もらったという人々の供述録取書を証拠として採用することには同意しないでしょうから、その人々の全員を法廷で尋問する必要があります。尋問がすべて終了するまで、河井代議士は保釈が認められず、外に出れない可能性が高いのです。いつ頃、河井代議士は塀の外に出られるのでしょうか。厳しい戦いの幕開けです。

※①「保釈」・・・起訴後、有罪・無罪の判決が出される前に、保釈金を積んで、身柄を解放してもらう制度。実刑であれば、刑務所に収監される。保釈中に逃亡すれば、保釈金を没収される。