刑事手続き
「今回の一連の大分県教職員汚職について、どのような犯罪になり、どのような刑の重さなのでしょうか。」
刑法197条1項は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をした時は、5年以上の懲役に処する。この場合において、請託を受けた時は、7年以上の懲役に処する。」と規定しております。
また、刑法197条の3、1項は、「公務員が前2条の罪を犯して、不正な行為をし、又は相当な行為をしなかった時は、1年以上の有期懲役に処する。」と規定しております。この場合、最長20年の懲役です。
「賄賂」とは、公務員の職務に関する不正の報酬としての利益のことを言います。従って、公務員のE氏が、Y氏から、自分の知り合いを教員に採用するよう頼まれ、金品をもらい、不正に合格させた時(例えば、点数を水増しして、本当は落第していたのに合格させたような場合)は、刑法197条の3の加重収賄罪が成立し、1年以上20年以下の有期懲役に処せられることになります。
不正な行為をしていない場合でも、請託(「請託」とは、公務員に対し一定の職務行為を依頼することであって、その依頼が不正の職務行為の依頼であると正当な職務の依頼である等を問わないとされています。最判昭27・7・22)を受けた場合は7年以下の懲役となります。(これを「受託収賄」といいます)。
このような請託を受けておらず、また、不正行為もしておらずとも、金品を受領していれば、単純収賄ということで5年以下の懲役になります。
いずれにしても、賄賂をもらった公務員はかなり重く処罰されることになります。
これに対し、賄賂を贈った方は、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金(刑法198条)となっているため、賄賂をもらった側よりも贈った側の方がかなり刑は軽くなるのが一般的です。
それだけ、公務員には職務の廉潔性が要求されているからです。お金によって左右されることになれば、公務の客観性、公正性を害するので、公務員に厳しくモラルを課していると言えるでしょう。
「それでは、E氏の上司のN氏が、採用の実務をしていたE氏に、上司であることを利用して働きかけ、不正に自分の知り合いを合格させるような圧力をかけた場合は、どうなるでしょうか。」
刑法193条は、「公務員が、その職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した時は、2年以下の懲役又は禁固に処する。」と規定しております。
したがって、仮に、N氏が賄賂をもらっていなくとも、部下に対してそのような働きかけをすれば、公務員職権濫用罪になるものと思われます。
もちろん、働きかけをするにあたり賄賂をもらっておれば、単純収賄罪、受託収賄罪、或いは、加重収賄罪のどれかが成立するでしょう。
勿論、政治家がその政治力背景にして、そのような働きかけをすれば、同じく公務員職権濫用罪となります。
「現在、前の教育委員会幹部が県会議員らに合否発表よりも前に、その結果を教えたということがマスコミ等で発表されていますが、これはまったく問題がないのでしょうか。」
即ち、地方公務員法第34条1項は「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。」と規定されています。
そして、これに違反した場合は、1年以上の懲役又は3万円以下の罰金となっているのです(地方公務員法第60条)。
したがって、本来の合格発表よりも前に特定の人間に合否を連絡するということは、公務員の守秘義務違反に該当するのであり、地方公務員法違反という立派な犯罪が成立すると思われます。
そして、公務員から聞き出した人々は、この地方公務員の共犯となるでしょう。
「来年(平成21年)5月から裁判員制度が始まるというように聞きましたが、どういうことでしょうか。」
国民の中から選任された裁判員が裁判官とともに刑事訴訟手続に関与する制度です。
具体的に言えば、殺人、放火、強盗などの死刑、無期懲役若しくは禁固にあたる罪などの重大な事件について、国民の中から選ばれた6人の裁判員が3人の裁判官と一緒になって(合計9人)で、刑事裁判の審理を担当し、判決を出すという制度です。
「どうして、そのような制度が設けられたのですか。」
制度趣旨に対する考え方は、いろいろ分かれています。
ただ、弁護士の立場から考えると、社会経験のほとんどない職業的裁判官が判決を下すよりも、社会の各層から選ばれた多数の人々が、自分のこれまでの知識・経験・考え方などによって、判決を下すほうが結果的に正しい判決が出ると考えられたわけです。
「誰もが裁判員に選ばれるのですか。」
裁判員は衆議院議員の選挙権を有する者の中から選ばれます。したがって、選挙権を持っている人であれば、誰でも裁判員になるのが原則です。
但し、次のような人は裁判員になることはできません。
① 学校教育法に定める義務教育を終了していない者。
② 禁固以上の刑に処せられた者。
③ 心身の故障の為、裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者。
また、職業上、裁判員の職務に就くことができない職業もあります。
① 国会議員
② 国務大臣
③ 国の行政機関の職員
④ 裁判官、及び、裁判官であった者
⑤ 検察官、及び、検察官であった者
⑥ 弁護士、及び、弁護士であった者
等々です。
「裁判員に選ばれた以上、これを辞退することはできないのでしょうか。」
原則として辞退できません。
但し、次のような場合には辞退することができます。
① 年齢70歳以上の者
② 地方公共団体の議会の議員(会規中の者に限る)
等です。
「私は自営業を行っており、自分がいなくなると商売が成り立たなくなるのですが、この場合にも裁判員を辞退することはできないのでしょうか。」
次のような事由がある場合には、裁判員を辞退することができると定められています。
① 思い疾病、または、傷害により裁判所に出頭することが困難であること。
② 介護、または、養育が行わなければ日常生活を営むのに支障がある、親族の介護、または養育の行う必要があること。
③ その従事する事業における重要な業務であって、自らがこれをしなければ、事業に著しい損害が生じる虞があること。
④ 父母の葬式への出席、その他、社会生活上の重要な業務であって、他の期日に行うことができないものがあること -など。
「『死刑に絶対反対ですから、どのような凶悪事件でも絶対に死刑判決をすることはありません』という考えを持っている人も裁判員になれるのでしょうか。」
個人の内心の問題まで関知できないところです。したがって、その人が死刑廃止論者かどうかは、その人が表明しない限り分かりません。したがって、心の中で死刑廃止を唱えている人であっても、裁判員になる可能性は高いと思います。
ただ、その人が、「自分は絶対に死刑判決を出さない」と公言してはばからない場合には、「不公平な裁判をする虞がある」との理由で、裁判員としての適格性がないと判断されて、裁判員になることを拒否される場合があるでしょう。
「裁判員はどのようにして選ばれるのでしょうか。」
まず、裁判所から裁判員候補に選ばれたという通知がきます。
その通知に記載された日時に裁判所に出頭してもらうことになります。
「私は姫島の奥に住んでいるので、大分の裁判所まで行くのは1日仕事です。呼出が来ても拒否することはできないのでしょうか。」
「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」では、呼出を受けた裁判員候補者は、裁判等選任手続の期日に出頭しなければならないとされています(同法第29条)。
したがって、法律上は出頭義務があるとなっています。
但し、出頭場合には旅費日当、及び、宿泊料が支給されます。
「せっかく出頭したのに、裁判員に選任されないこともあるのでしょうか。」「私は姫島の奥に住んでいるので、大分の裁判所まで行くのは1日仕事です。呼出が来ても拒否することはできないのでしょうか。」
そのとおりです。裁判所で、裁判長や弁護士、或いは、検事から質問を受け、裁判員となるのに問題がありそうな人は裁判員になることができません。
「私は法律等まったく知りません。このような私が、人を殺したか殺してないかなど判断することはできませんし、ましてや、その人に死刑判決が妥当なのか、懲役20年が妥当なのか、判断することはできません。このような人間でも裁判員をしなければならないのでしょうか。」
まさにあなたのような方に裁判員になっていただき、あなたの価値観で判断をしてもらうのが大切なのです。
ある人間が、犯行を行ったか、行っていないかという点については、難しい司法試験を通った裁判官だから判断ができるという問題ではありません。社会の中で色々経験した人達が多数集まって判断する方が妥当な結論が出せると思います。
「有罪か無罪かを決めたり、どのように判決を出すかについて、裁判官の人に教えてもらえるのでしょうか。」
裁判官に教えてもらうという姿勢だけは絶対にやめて下さい。
裁判官の決めたことを素人の裁判員が諾々と従うというのが、裁判員制度のもっとも恐れるところです。
素人のあなたなりの考えをどしどし言って下さい。裁判官の意見に従う必要はまったくありません。
「裁判員にはどんな義務があるのでしょうか。」
裁判員は裁判の内容を深く知るわけですが、これを人に喋りたくなるのは当然だと思います。
しかし、弁護士や医者等が、職務上知り得た他人の秘密を漏らしたら犯罪になるのと同じように、裁判員も裁判で知りえた秘密を他に漏らすと犯罪になります。