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第98回   61年ぶりの村長選

                                                         - 2016年11月4日

61年ぶりの村長選

 国東半島の北側に位置する姫島村の村長選が1955年以来、61年ぶりに行われる見込みであることが話題となっています。現藤本昭夫村長の父熊雄氏も昭夫村長の前に7期村長を務め、1960年から父子2代に亘って合計15期(60年)無選挙で村長を務めてきたことになります。61年間村長選挙が実施されなかったということ自体が驚異ですが、それだけ島が平和であったということなのでしょうか。さて、今回は、姫島と古庄家のことについて述べてみたいと思います(ただし、これは私が調べた範囲内のことなので、もしかしたら事実と異なっているかも知れません。その際はご容赦下さい)。
 姫島に行くと、「姫島村指定有形文化財 姫島庄屋古庄(こしょう)家」という立派な家があり、姫島の観光スポットの一つになっています(なお、「庄屋」とは、江戸時代、代官の指揮下で村の行政事務を取り仕切った者のことであり、現在の村長に該当します)。姫島庄屋古庄(こしょう)家の解説板には次のように記載されています。「古庄家は建久7年(1196)鎌倉より豊後に入国した大友能(よし)直(なお)の宰臣古庄四郎重吉を祖とする。文禄2年(1593)大友氏が太閤秀吉の怒りに触れ所領を没収されたため、古庄徳右衛門は諸国流浪の末、慶長15年(1610)姫島に渡り、元和8年(1622)島民に押されて里(り)正(せい)となった。以来、明治4年(1871)の廃藩置県まで12代、250年にわたり杵築藩に属する姫島の庄屋として村を治め・・・」姫島庄屋古庄(こしょう)家の祖古庄四郎重吉は大友家(21代目の大友宗麟が有名)の初代大友能直の実弟でした。なお、大友能直は古庄(または近藤)能成の長男であり、古庄家から大友家に養子に行ったとされています。したがって、古庄家と豊後守護であった大友家とは極めて近い血縁関係にあったのです。250年の長きにわたって古庄家が庄屋として姫島を統治してきた歴史と61年間にわたって選挙が行われず現村長父子が村長として働いてこられたことには、何か相通じるものがあるような気がしないでもありません。
 なお、「古庄」と書いて、これを「こしょう」と読むのは姫島と国東半島の2カ所であり、竹田や豊後大野などの豊肥地区ではこれを「ふるしょう」と読みます。恐らく、秀吉に追いかけられている際に、逃げ延びるため、その読み方をどちらかが変えたのではないかと想像します。「河野」と書いて「こうの」と読んだり「かわの」と読んだりするように、もともとは同じ一族であろうと思います。もっとも、私の家の家系図を見ると、今から6代目ほど前に渡辺家から古庄家に養子に来ているので、私は古庄というよりも渡辺の人間ということになります。
 だんだん涼しくなり、過ごしやすい季節となりました。秋の夜長、ご自分のルーツを探りながら、悠久の古(いにしえ)に想いを馳せるのも面白いのではないでしょうか。
 大分県内では、病院長夫人に対する強盗傷害事件、24歳女性の行方不明事件などが未解決ですが、早く解決して皆さんが安心して暮らせる日が一日でも早く到来することを祈念いたします。





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